奥成達資料室blog版

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2012年 10月 28日

『スラップスティック・ブルース』

c0069542_1248452.jpg『スラップスティック・ブルース』
高平哲郎 
冬樹社
1981
装幀・イラスト:安西水丸

p55)
……
奥成達さんの肩書は詩人ということがいちばん多い。本職は単行本の企画、編集ということなのだろうが、時として肩書がパロディストだったりする。この人実は、かの筒井康隆を会長とする「全日本冷し中華愛好会」の生みの親でまる。
「――パロディストというのは自分でつけたわけじゃないですよ。昔ね『東京25時』という雑誌をやっててね、仲間三人でツー・ホット・ワン・アイスという集団をつくってたんですよ。この集団でよくパロディ・ページをやってたんです」
「パロディっていうから変なんで……例えば詩の評価があるでしょ。オリジナリティがあるとかいったね。それを個性だと思い込んでる人が嫌いなんだ。反撥感じちゃうんだね。まして自分が詩をやってるから余計、そう思う。俺に言わせりゃ、あんなものオリジナリティなんてないんだよ」
「表現って、いろいろあるけど、自分を裏返して表現することに快感があるんだ。だから自分にパロディしてることもある。それが最高のパロディだろうね」
「赤塚さんが、ろうそくショーをやったりとか、よくバカなことをするだろ。あれはユーモアではなく、むしろ自虐的というかね……苦笑いしちゃう。そういう表現法を喜ぶんだ。バカがバカやってもつまんないしね。赤塚不二夫さんは力があるからできるわけだよ。タモリだってそうだよ。タモリが大哲学論文書けば書けるわけだろ。これがパロディだと思うんだ。冗談で書くんじゃなくて、真面目に書く……カント、ヘーゲルをね。書いた中身でなく書いてる本人がパロディなんだよ」
「洒落とは違う。よく洒落でやるという言い方するけど、洒落のふりして毒づくのがパロディだよ。……」
(略)
「どんなジャンルでパロディをやるとしても、そのジャンルに共通する職業的技術を持たずにかかっちゃフィーリング・パロディとして終っちゃうよ。(略)バレーをパロディでやろうとしたらバレーが下手じゃパロディになんないからね。よく間違う人がいるけど人に毒づくのがパロディじゃない、もっと優しいのがパロディだと思うんだ。それと、人間はひとつのジャンルしか絶対なくて、それ以外はみんなパロディなんじゃないかな」
……

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by 4-kama | 2012-10-28 12:48 | 書籍ウェブ登場編