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2007年 11月 20日

「わくわく」の日々鮮明に 下野新聞

下野新聞 2007.11.20

森詠の今日のつづきはまた明日32

「わくわく」の日々鮮明に
……本のタイトル通り、失われた原風景について、いろいろな作家・文人たちの文章を引用し思い出させてくれる。
 ぼくはついついやりかけの仕事も放り出して、読みふけり、「そうそう、そんなこともあった、あった」と一人声を上げてうなずいていた。
 奥成さんの話だけでなく、ながたさんの挿絵も懐かしさを倍増させてくれる。奥成さんはぼくよりも一つ年下の詩人・ジャズ評論家だが、よくもこんなに昭和三十年代の風景を覚えているものだと、その記憶の引き出しの多さに感心した。ぼくも触発されて、埋もれていた記憶を見つけることができた。……
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by 4-kama | 2007-11-20 12:22 | 昭和なつかし関係
2007年 11月 11日

古澤良治郎+三上寛デュオ『デレキ』

You-whooレーベルとタイガーサウンドとの共同プロデュースによるアルバム第一弾
古澤良治郎+三上寛デュオ『デレキ』
2007.10.12
2,940円
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友人の画家・佐伯俊男さんに連れられて、寛ちゃんがぼくのアパートに遊びにやって来たのは、一九七〇年の冬。初レコードの「馬鹿ぶし」が出たのも同じころだ。黒いジーンズ姿の寛ちゃんは二十一歳。人なつっこい笑顔が可愛い、まだ少年の面影を残していて、とても「六十のじじいが生娘抱いて腹上死」などと歌う歌手には見えなかった。しかしどの歌も圧倒的な迫力で、たちまち三上寛のファンになり、すぐさま山下洋輔トリオ(中村誠一、森山威男)のいる新宿「ピットイン」に引っ張っていった。(この夜のことは、山下洋輔『風雲ジャズ帖』に記されている)
いまでは伝説の酒場のように語られる「ジャックの豆の木」の常連となり、山下洋輔トリオと毎晩のように呑みまくっていた。あの第一回「全日本冷し中華祭り」(一九七七・四・一)にも、矢野顕子さんと一緒に出演をしている。赤塚不二夫さん責任編集の「まんがNO1」(一九七二)の附録ソノシートで「おまわりさん」「ホイ!」の二曲を歌っているのも寛ちゃんである。
古澤さんと初めて会ったのは、多分新宿・花園神社の唐十郎の赤テントの中で、だったと思う。まだ国立音大の学生で、純情な心優しいドラマーの時代。はるか六〇年代後半の話である。
この三上・古澤コンビで演奏するようになったのは一九七三年からだと思うが、この頃は、三上寛絶唱期の中でも、もっとも傑出した一時代だっただろうといまでも思っている。ぼくはこの三上寛・古澤良治郎ヂュオにすっかりシビれて、とうとう青森の五所川原、下北半島のツアーに何日もついて回ったことがある。「BANG!」の時代である。あれから三〇年余、どんなことになっているのか? いまからヒヤヒヤしながら楽しみにしています。  奥成達(詩人)

フライヤーより

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by 4-kama | 2007-11-11 20:19 | ジャズ批評
2007年 11月 11日

「毎日新聞」2007.10.26(夕)

毎日新聞 2007.10.26(夕)

話題です

『昭和30年代スケッチブック』(奥成達著、ながたはるみ絵・いそっぷ社・1680円)
銭湯、駄菓子屋、原っぱ、路地裏、汲み取り便所、チンチン電車、改札のキップ切り、ジャズ喫茶にトリス・バー。いつの間にか町から消えてしまった。「なつかしの昭和30年代図鑑」のコンビがそんな「失われた風景」を絵と文で再現する。さまざまな文学作品も紹介しつつ、「人間が人間らしく暮らせていた」という、かつての日本人の生活や習慣をふりかえる。

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by 4-kama | 2007-11-11 20:04 | 雑誌登場編
2007年 11月 11日

「東京人」2007.12

「東京人」2007.12

今月の東京本

『昭和30年代スケッチブック 失われた風景を求めて』
奥成達・文、ながたはるみ・絵/いそっぷ社/1680円

自らの思い出に重なる、エピソードの数々。
マッチの匂い、空気のはりつめた冬の朝、お釜からおひつへご飯を移すときの湯気の濃さ、今よりもずっと深い夜の闇。戦後まもなくから昭和三十年代にかえての生活が、細部に富んだエピソードで描かれ、精細なイラストがそれを強化している。当時の雰囲気を伝える文学作品や随筆からの引用も多い。美しく昇華されすぎている感はあるが、それだけこの時代が遠くなったということか。

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by 4-kama | 2007-11-11 20:01 | 雑誌登場編