奥成達資料室blog版

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2007年 08月 20日

小林英一くんの死に際して思う長めの愚痴

奥成達
1990.6.6  新宿ピットイン

このところ、ぼくのまわりではたくさんの友人が次々と病に倒れていきます。……今度の小林英一くんのような場合は、もう、本当にこれからの成長を楽しみに、心から期待をいっぱいに持っていた、文字どおりの若者なのですから、……悲劇でした。……今夜は、その小林英一くんを偲んで開かれる、友人たちのセッションの会なのですから、ぼくの役目は、その小林英一くんが、どれだけみんなに期待されていたプレーヤーであったのか、そして、それは、どう期待されていたのだろうか、についてお話しし、ようやく、その成果が出かかったときに、突然の死をむかえてしまったことが、いかに日本のこれからのジャズ・シーンにとって残念なことなのかについて、少し愚痴っぽく述べてみたいと思っています。
……
どんなに古くまでジャズをたどっていってもそうですが、ジャズというものは、常にアンチ・ミュージックなのであり、脱アカデミズムのものなのです。もちろん、”売らんかな”の意欲に燃えたミュージシャンを否定することなどできません。それも彼らの信じる”ジャズ”であるからです。そのことの”好き””嫌い”はあっても、それについて”いい””悪い”をいうことはできません。まあ、勝手にしろ! ぐらいの捨て台詞をいうぐらいしかできません。しかし、小林英一くんの選んでいた”ジャズ”は、相当に挑戦的なもので、驚くべき冒険にみちた大胆なものであったことは、はっきりしています。……彼の出演していた、ピットインの昼の部に、そんなジャズ=トレンディの聴衆やジャズ・ジャーナリズムの人々がやってこられるはずもありません。いつも、せいぜい10人ぐらいの、少ない、しかし、熱気に満ちた和解ジャズファンが、かたずをのんで聴いている、というのが、ピットインでの英一くんのステージの風景でした。
つまり、ぼくはこうした光景をいつも大変好ましく、うれしくながめていました。いま、”世界の”というような冠称のつくミュージシャンである山下洋輔や、坂田明、渋谷毅さんや川端民生さんのステージだって、かつてみんな、そうした場をへて登場してきた若ものだったからです。
小林英一くんは、あのやさしいニコニコ顔に似合わず、とても意志堅固な、タフな、こうした先輩たちの”ジャズ”を継承していくことを目ざしていたのでしょう。ぼく個人の勝手な想像ですが、ジミ・ヘンドリックスとはいわないまでも、酒井泰三くんに早く追いついてもらいたいものだと、ひそかに願っていました。
……
英一くんのギターが、どれだけ魅力的だったか、その可能性がいかに大きいものであったかについては、残された彼の少ないテープや、彼のギターを日々聴いてきたぼくらが、少しずつでも、これからたくさんの人々に伝えていかなければならない、これからの大切なぼくらの仕事だと、あらためて心に命じています。それは、この、最近、稀にみる、ジャズの真にジャズらしいジャズを、燃えるように生きてきた、若いギタリストの死を、けっしてこのままムダにはしたくないからです。……英一くんの冥福を心から祈って、ぼくの長々しい愚痴話を終わりたいと思います。どうも有り難うございました。


「象の小川」 今泉裕4 フューチュアリング小林英一(アケタディスク)
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by 4-kama | 2007-08-20 12:56 | ジャズ批評


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