奥成達資料室blog版

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2012年 02月 25日

サボロー会40周年記念誌

東京都立城南高等学校昭和36年卒業同期会

発行日:2001.6.10
発 行:サボロー会事務局

17P)青春時代、友人、そして。  奥成達

 ぼくの高校時代はそんなに楽しいものじゃなかった。ガールフレンドもなく、スポ根風の青春も苦手だったから、単位取得のための出席日数さえ出ればよいという三年間の通学で、よく裏門の塀をよじのぼって授業をエスケープしていた。
 相棒はたいて福澤(道生)で、彼と当時続々と出来ていたモダン・ジャズ喫茶に入りびたっていた。彼は野球部の正捕手をしていた人望の厚い男だったのが、突然文学青年に変貌して「いこい」を一日に何箱も吸う不良に変わってしまったのは、きっとぼくのせいだったと思う。悪いことをしてしまった。
 ……
 ぼくは当時、大森の馬込東にアパートを借りて住んでいたので毎日のように家を行き来し、大森のトップスというジャズ喫茶にたまり、文学論、芸術論、ジャズ論で談論風発していた。
 ……
 もう何年前のことすら覚えていないが、彼が亡くなったことを年賀状の返信で知り、その日オイオイ泣いて女房になぐさめられた。
 清水田(正機)は、小学校、中学校からずっと同じ学校で同じクラスになったことも何度もあり、彼は高校時代の親友というよりむしろ幼な友だちというほうがふさわしい。
 小・中ともブラスバンドに一緒に入っていたいわばお互いに音楽好きで一致していた。城南に「軽音楽同好会」をつくったのも彼とぼくである。二年生の時だ。
 いまでは考えられないことだが、かつてジャズやポップスは”不良の音楽”ということになっていて当時の音楽教師を筆頭に猛反発をうけ、必死に署名運動をして、企画書をつくり、ようやく生徒会で承認をうけることができたのである。
 ……
 二〇年ほど前だったか、新宿の歌舞伎町のスナック「ジャックの豆の木」に、……一人の若いバーテンが入ってきた。
 少し気の弱そうな、しかし人の好い、なかなか多彩な趣味の持ち主であるこの青年と話をしていたら、彼が何代目かの城南の「軽音楽愛好会」の部長だったことを知り呆れ驚いたことがある。
 ……
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by 4-kama | 2012-02-25 14:50


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