2015年 09月 30日

今後の更新場所は→bookbar5/奥成達資料室

このあとの投稿は、bookbar5/奥成達資料室 でおこないます。
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# by 4-kama | 2015-09-30 00:00 | ごあいさつ
2015年 09月 25日

奥成達さんを偲ぶ「花見」のような集いのご案内

終戦記念日の昼にカレーパンをちぎってひと口食べ、軽い寝息をたてていた翌日の深夜2時、奥成達さんは安らかな表情で息を引き取りました。
「東京25時」「小説マガジン」などの伝説の雑誌や、「ジャズ三度笠」「深夜酒場でフリーセッション」「空飛ぶ冷し中華」「怪談のいたずら」「遊び図鑑」「ドラッグに関する正しい読み方」「宮沢賢治、ジャズに出会う」「昭和の子ども生活図鑑」など幅広いジャンルの多彩な著作の他、詩誌「gui」で北園克衛研究、フリー音楽集団「BUSバンド」でのトランペットはレスター・ボウイみたいとおだてられ、草野球「ソークメナーズ」では野村克也の背番号19でガニ股打法のスラッガー、秘湯を愛する温泉主義、青山学院大学文学部講師、葉山の花見大宴会、六本木、新宿、銀座と盛り場を走り続け、エネルギッシュな創作と遊戯活動を展開。実に数多くの方々と出会い、支え、支えられ、巻き込み、巻き込まれての73年でした。
奥成達さんを偲んで、ご縁のあった方々に「花見」の感覚でお集りいただき、缶ビール片手に思い出話あれこれ花咲く時間となれば幸いです。

発起人にミュージシャンや詩人のお名前もありますが、特別な趣向の予定はございません。狭い会場で混雑が予想されるため、盛花もご辞退いたします。
花を飾る場所におひとりでも多くのご参加で、ワイワイガヤガヤにぎやかに盛り上がると、メニエル氏病からようやく解放された奥成達さんは焼酎のお湯割り飲みながら、にこやかに照れるのではないかと思います。
平服、普段着でご都合のよい時間にお出かけください。出欠のご返事はいりません。

日時 平成27年11月8日(日曜)午後1時〜5時
会費 1,500円、1Drink付
会場 シアターPoo(シアタープー) 新宿区新宿3丁目35-5 守ビル3F
   電話03-3341-8992 (エレベーター有り)

奥成達さんを偲ぶ「花見」のような集い発起人
 山下洋輔 渋谷毅 坂田明 龍野治徳
 白石かずこ 藤富保男 國峰照子 山口眞理子
 高平哲郎 吉田仁 森詠 高橋肇 四釜裕子
 岩神六平 奥成繁
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# by 4-kama | 2015-09-25 20:48
2015年 08月 27日

百窓文庫/奥成達著『宮澤賢治、ジャズに出会う』を読もう

百窓文庫 8月25,2015・10:32AM

次回オウプンは9・21宮澤賢治の命日に(午後関連読書会有)」 

……
13時ー15時 奥成達著『宮澤賢治、ジャズに出会う』(白水社、2009年)を読もう (茶菓子付500円)

宮澤賢治には大正時代に書かれたジャズの詩があるそうです。果たしてその東北の詩人はジャズに出会っていたのか。その問いに、日本ジャズ受容の歴史を追いながら迫っていく、先ほど急逝された詩人奥成達さんの著書を読む会です。……奥成達さんのジャズのような作風の詩を紹介したいとおもいます。ぜひ、ご興味のある方、お気軽にご参加ください。

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# by 4-kama | 2015-08-27 11:44 | 書籍ウェブ登場編
2015年 08月 25日

映画の國/第14回 山下洋輔大復活祭と「ミナのセカンド・テーマ」

映画の國/上島春彦「映画の中のジャズ、ジャズの中の映画」

第14回 山下洋輔大復活祭と「ミナのセカンド・テーマ」(中編)
……
78年に編集出版された単行本「山下洋輔の世界」(編集:相倉、平岡、奥成達、中沢まゆみ、ジャムライス。エイプリル出版刊。絶版)はその時点での山下評価を雑誌、単行本、興行チラシ、書評、ライナーノート等からの抜粋で編んだ極めて優れた成果だが、その中に『荒野のダッチワイフ』の音楽がどのように制作されたかを、相倉自身が記述した文章を読むことができる。
……

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# by 4-kama | 2015-08-25 23:54 | 書籍ウェブ登場編
2015年 08月 24日

「R.I.P. 奧成達」野田努

DOMMUNE ele-king 
Home>News>RIP Aug 21,2015 UP

「R.I.P. 奧成達」 野田努
詩人、ジャズ評論家にして偉大なるパロディストの奥成達が8月16日永眠した。73歳。
 日本の戦後サブカルチャー史を紐解けば、その名前はところどころに散見されはするものの、あたかも自らの証拠を消していく知能犯のように、いまとなってはその名はさまざまな雑音のなかで滲み、遠のくようでもある。
 奧成達とは、中学時代に北川冬彦の門を叩いた逗子の早熟な詩人であり、あるいは詩とジャズを結合させるというビートニク的展開の実践者でもあり、そして怪人四面相、異魔人、芸術一番館などなど、さまざまなペンネームを使い分けて権威を小馬鹿にし続けたパロディストである。
 ……

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# by 4-kama | 2015-08-24 04:21 | 書籍ウェブ登場編
2015年 08月 23日

近藤正高『タモリと戦後ニッポン』

近藤正高『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)

P117) ハナモゲラ語を生んだ人間関係
……山下(洋輔)はトリオを結成したあたりから、ジャズ評論家の相倉久人(1930~2015)を介して筒井(康隆)をはじめ前出の平岡正明、詩人の奥成達(1942~)などといった人たちと親しく付き合い始めていた。それまで文化人のあいだでは、ジャズ・ミュージシャンとういのは少し特殊な人たちと思われていたふしがあり、直接に交際のあるケースは少なかったらしい(副島輝人『日本フリージャズ史』)。……

P134) 売りこみのための”バーチャル会社”設立
 赤塚不二夫と長谷邦夫の手でタモリはブラウン管デビューし、……。これと並行して、「ジャックの豆の木」内にタモリのマネージメント事務所として「オフィス・コズミダ」が”設立”され……。
 「ジャック」の常連の一人で、のちに演出家・構成作家としてタモリとともに仕事をするようになる高平哲郎によれば、「ジャック」のママは奥成達などが与太話で「タモリのマネージャ-をやってあげたら」と言っていたのを受けて、さっそく「オフィス・ゴスミダ社長」という名刺をつくって配り始めたという)『ぼくらの七〇年時代』)。

p148) 他人の考えた芸を自分のものに
 アルバム『タモリ』にも収録されているアフリカ民族音楽もどき「ソバヤ」も、もともとは坂田明のアドリブから生まれたものだった。ときは一九七六年二月一一日、作家の河野典生の家で、彼が小説の取材でアジア各地で集めた民族楽器の即興演奏を山下・坂田・平岡正明・奥成達などプロ・アマ入り乱れてやってみるという集いが催された。

P152) 「ジャックの豆の木」閉店とカラオケブーム
……
 「ジャックの豆の木」の閉店後もタモリは、奥成達や山下洋輔など旧「ジャック」一派とや四谷の「ホワイト」、また赤塚不二夫は演出家の滝大作、あるいは芸人グループとは新宿二丁目の「ひとみ寿司」「アイララ」といった店で、あいかわらずのバカ騒ぎを繰り広げた。……

P163) 全日本冷し中華愛好会の結成
……
 「ジャック」の常連客の一人、詩人の奥成達は「冬に食わせろと言うだけでは主婦連と同じでダメだ。革命運動にするにはもっと深い思索が必要だ」と主張、いわば思想的リーダーとして全冷中を牽引していくことになる。
 奥成はあくまで潔癖だった。エッセイでスパゲッティなど食べ物についてうんちくたっぷりに書いていた俳優の伊丹十三にも入会してもらおうと山下が提案したところ、「スパゲッティを語った口で冷し中華を語ってほしくない」と断固拒否された。元首相の田中角栄に会員になってもらったらとの話にも、「あの人は政治を持ちこむ」と強く反対している。田中の政治の良し悪しではなく、既成のものを借りてくるという姿勢が奥成には許せなかったのだ。
……
 それでも筒井康隆や赤塚不二夫など「ジャック」常連の著名人が続々会員となり、……奥成達が「冷し中華バビロニア説」を発表し、……。
 ちなみに奥成が冷し中華の起源を世界最古の文明の発祥地であるバビロニアとしたのは……。だが、その後、山下洋輔がヨーロッパでの演奏旅行中にドイツでソーセージに酢味の強調されたタレのたっぷりかかったヴルスト・ザラートというサラダを発見し、これこそバビロニアから西に「原冷し中華のタレ」が伝えられた痕跡だと結論づけられるなど(奥成は冷し中華をタレ・麺・具の三要素に分けて分析しるという方法をとっていた)、バビロニア説は思いがけず”立証”されていくことになる。

P184) ありふれた言葉に新たな意味が生まれた時代
……
 同時代のテレビ発の流行語にはまた、深夜番組『トゥナイト』(テレビ朝日、1980~94年)の性風俗レポートで映画監督の山本晋也が異常な光景・行為を表すのに連発した「ほとんどビョーキ」がある。じつはこの言葉の発生源は「ジャックの豆の木」の常連客だった奥成達だともいわれている。
 奥成の言う「あの人もほとんどビョーキだねえ」も、何かへの執着、極端に傾いた性癖、非常識な行動パターンなどを指していた点では山本と変わらない。ただし、そこには皮肉っぽくも相手への愛情がこめられていた(橋本克彦『欲望の迷宮』)。

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# by 4-kama | 2015-08-23 11:15 | 書籍ウェブ登場編
2015年 08月 22日

「森田一義氏へ 70歳のお誕生日のお祝いを申し上げます」近藤正高

2015年8月22日 (土) 10:50
T-SITE 森田一義氏へ 70歳のお誕生日のお祝いを申し上げます 
『タモリと戦後ニッポン』近藤正高
ここへ来て、あなたと関係の深い人たちの物故があいついでいます。山下洋輔さんがさまざまなジャンルの人たちと付き合うようになるきっかけをつくったジャズ評論家の相倉久人氏がこの7月に亡くなったのに続き、拙著発売の直前にはかつての「ジャックの豆の木」の常連で、タモリさんのデビューに立ち会った一人である詩人の奥成達氏も亡くなられました。立て続けの訃報にやや焦りを感じます。……

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# by 4-kama | 2015-08-22 23:13 | 書籍ウェブ登場編
2015年 08月 21日

wikipedia の表記

wikipedia 最終更新 2015年8月20日 (木) 10:25
奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015年8月16日)は、日本の詩人、ジャズ評論家、著述家、漫画原作者、編集者、作詞家、トランペット奏者。東京都品川区大井出身。東京都立城南高等学校卒業。雑誌記者、タウン誌編集長、青山学院大学文学部講師を歴任。さまざまな種類の活動を通して、日本のサブカルチャー界に、広い人脈を築いた。また、様々な別名を用いて執筆活動を行っている。自身のペンネーム「異魔人」。また高橋肇との共同ペンネーム「影山勲」。弟の奥成繁(久保田呉春)との共同ペンネーム「山口泰」。

編集者として
•1961年に『日本団地新聞』に入社して、編集・記事執筆を行う。1964年にはエスエス製薬の宣伝課に勤務。この時の宣伝部長が、のち、『東京25時』を発行するアグレマン社の社長となる宮崎宣久だった。
•1967年には『主婦と生活』誌の編集部記者となる。美術課に在籍していた及川正通と知り合う。また、『主婦と生活』の仕事をしていた、山村雅昭、上村一夫、浜野安宏、沢渡朔などとも知り合う。
•1970年には、タウン誌『東京25時』(アグレマン社刊)を創刊し、編集長をつとめる。編集者は、高校の後輩の西脇英夫(のち、映画評論家)との2名であった。佐伯俊男の才能を発見しカバー絵に起用。また、佐伯を通して三上寛を知る。時代の熱気を取り込んだ、過激な雑誌であったが、テディ片岡(片岡義男の旧名)原作による「サザエさん」のパロディ「サザエさま」を掲載したことから、長谷川町子に訴訟を起こされ、賠償金50万円を支払い、同誌は1971年に廃刊。
•1977年には、セルフ出版(のち白夜書房)から、『小説マガジン』を刊行(編集人は末井昭だが、実質は奥成が編集長)。赤塚不二夫の「ウナギイヌ」を表紙にした、奥成の人脈を駆使した「面白雑誌」だったが、6号で休刊。

ジャズ評論家として
•中学生のころから、文化放送「トリス・ジャズ・ゲーム」の公開録音へと通う、ジャズ少年でもあった。1964年ごろ、相倉久人と出会う。
•1965年に『スウィング・ジャーナル』にジャズ評論を投稿し、評論家デビュー。1967年に『ジャズ批評』が創刊されると、創刊号から連載をもった。

イベンターとして この節の加筆が望まれています。
オカルト研究家として この節の加筆が望まれています。
作詞家として この節の加筆が望まれています。
「いたずら」「ひまつぶし」本の書き手として この節の加筆が望まれています。

著書
奥成達名義の著書
•ジャズ三度笠 アグレマン社 1971
•詩集『サボテン男』 思潮社 1974
•瞑想術入門(山田孝男,影山勲,奥成達) 大陸書房, 1974
•詩集『1・2・3・4が呼んでいる』 TBデザイン研究所 1976
•晩酌の思想(白石かずこ,奥成達,平岡正明) 住宅新報社, 1976
•ジャズ三度笠 其の弐 TBデザイン研究所 1976
•怪談のいたずら ゾーッとさせて楽しむ ベストセラーズ, 1977.8
•日本ジャズ伝(清水俊彦,平岡正明,奥成達) エイプリル・ミュージック, 1977.7
•伏字文学事典 ××を楽しむ本 住宅新報社 1977.7
•詩集『古都』TBデザイン研究所刊 1978
•俺はスーパーボーイ 広済堂出版, 1978.5
•空飛ぶ冷し中華(「全日本冷し中華愛好会」名義)住宅新報社 1978
•空飛ぶ冷し中華 Part2(「全日本冷し中華愛好会」名義)住宅新報社 1978
•共著:山下洋輔、筒井康隆、奥成達、平岡正明、坂田明、日比野孝二、河野典生、上杉清文、山口泰、伊達政保、舎人栄一、岡崎英生、瀬里なずな、小山彰太、池上比沙之、堀晃、黒鉄ヒロシ、赤瀬川原平、高信太郎、長谷邦夫、南伸坊、末井昭、長谷川法世、タモリ、吉峯英虎、赤塚不二夫、高平哲郎、朝倉喬司
•定本ハナモゲラの研究 講談社 1979
•共著:赤瀬川原平・赤塚不二夫・朝倉喬司・糸井重里・上杉清文・及川正通・岡崎英生・奥成達・鏡明・加藤芳一・高信太郎・小山彰太・坂田明・高平哲郎・タモリ・筒井康隆・中原仁・中村誠一・山口泰・山下洋輔・湯村輝彦・横田順彌
•3時間笑いっぱなしの本 サラリ-マン・あの手この手の新発想 かんき出版, 1979.12
•奇跡を起こす法 魔法,超能力が身につく本 主婦と生活社, 1980.8
•定本ジャズ三度笠 冬樹社, 1982.1
•活力ことわざ事典(奥成達文,南伸坊絵) 学校図書, 1983.2
•深夜酒場でフリーセッション 晶文社, 1984.5
•遊び図鑑 いつでもどこでもだれとでも(奥成達文、ながたはるみ絵) 福音館書店, 1987.5
•怪談の仕掛人 ヒンヤリの恐怖を楽しむ… ベストセラーズ, 1989.7 -文庫化時に「怪談のいたずら2」と改題。
•秘密の暗号ゲーム ラブ・サインの送り方から謎解きまで(奥成達とその一味)ベストセラーズ, 1989.10
•Small change Hayama Horiuchi blues ミッドナイト・プレス, 1990.12
•ドラッグに関する正しい読み方 Drug culuture map 大村書店, 1991.10
•通勤電車で愉しむ!退屈しのぎの笑える話(奥成達とその仲間) 青春出版社, 1994.7
•子どもの読めない童話 怪談50連発! ベストセラーズ, 1995.8
•駄菓子屋図鑑(奥成達文、ながたはるみ絵)飛鳥新社, 1995.8
•みんながジャズに明け暮れた 私家版・日本ジャズ史 三一書房, 1997.11
•学校では教えられない日本史読本 この古文書が証す新事実の歴史 青春出版社, 1997.10
•直筆が覆した日本史読本 学校で教えなかった古文書 青春出版社, 1998.7
•なつかしの小学校図鑑(奥成達文、ながたはるみ絵)いそっぷ社, 1999.12
•旅で考える生きるヒント 50歳からの修学旅行 (奥成達文、吉岡宏写真) ワニマガジン社, 2000.3
•昭和こども図鑑 20年代、30年代、40年代の昭和こども誌(奥成達文、ながたはるみ絵) ポプラ社, 2001.7
•昭和こども食べもの図鑑 卓袱台を囲んで食べた家族の味、その思い出の味覚たち(奥成達文、ながたはるみ絵)ポプラ社, 2004.4
•なつかしの昭和30年代図鑑 (奥成達文、ながたはるみ絵)いそっぷ社, 2005.11
•昭和30年代スケッチブック 失われた風景を求めて(奥成達文、ながたはるみ絵)いそっぷ社 2007/10

出典
•平岡正明『スラップスティック快人伝』(白川書院 1976年)
外部リンク
•奥成達 資料室

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# by 4-kama | 2015-08-21 01:06 | 書籍ウェブ登場編
2015年 08月 20日

新聞ウェブサイトの訃報記事

◉毎日新聞11時45分 訃報:奥成達さん73歳=詩人、ジャズ評論家
奥成達さん73歳(おくなり・たつ<本名・達=さとる>詩人、ジャズ評論家)16日、腎うがんのため死去。葬儀は近親者で営んだ。後日、しのぶ会を開く予定。喪主は妻でイラストレーターのながたはるみさん。
 詩作、音楽評論に加え、エッセー、社会風俗研究などサブカルチャー分野を幅広く手掛けた。詩集「サボテン男」、音楽評論「定本ジャズ三度笠」「宮澤賢治、ジャズに出会う」など著書多数。


◉朝日新聞12時50分 詩人・ジャズ評論家の奥成達さん死去
詩人・ジャズ評論家の奥成達さん死去
 奥成達さん(おくなり・たつ=詩人、ジャズ評論家、本名達〈さとる〉)が16日、腎うがんで死去、73歳。葬儀は近親者で営んだ。後日、しのぶ会を開く予定。喪主は妻でイラストレーターのながたはるみさん。
 ジャズ批評やエッセーなどを幅広く手がけた。著書に「宮澤賢治、ジャズに出会う」、ながたさんが絵、奥成さんが文を手がけた「昭和の子ども生活絵図鑑」などがある。


◉読売新聞13時40分 詩人、ジャズ評論家の奥成達さんが死去…73歳
  詩人でジャズ評論家の奥成達(おくなり・たつ)さん(本名・さとる)が、16日、腎盂(じんう)がんで亡くなった。
 73歳だった。告別式は近親者で済ませた。喪主は、妻でイラストレーターのながたはるみさん。
 著書に「宮澤賢治、ジャズに出会う」など。


◉時事ドットコム14:12 奥成達氏死去(詩人、ジャズ評論家)
 奥成 達氏(おくなり・たつ、本名達=さとる=詩人、ジャズ評論家)16日午前2時、腎盂(じんう)がんのため神奈川県葉山町の自宅で死去、73歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻でイラストレーターのながたはるみ(本名奥成晴美=おくなり・はるみ)さん。後日しのぶ会を開く予定。
 詩人として出発し、音楽やサブカルチャーについて幅広く評論を展開。著書に「宮澤賢治、ジャズに出会う」、昭和や子どもをテーマにながたさんが絵を担当した「図鑑」シリーズなど。

◉産経新聞14:45 詩人でジャズ評論家の奥成達氏が死去 73歳
 詩人、ジャズ評論家の奥成達氏(おくなり・たつ、本名・達=さとる=)が16日、腎うがんのため死去した。73歳。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は妻、ながたはるみ(本名・奥成晴美=おくなり・はるみ)さん。後日、しのぶ会を開く予定。
 著書に詩集「サボテン男」、評論「宮澤賢治、ジャズに出会う」など。イラストレーターのながたさんとの共著で「昭和こども図鑑」など、昭和の生活を描いたエッセーも手がけた。

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# by 4-kama | 2015-08-20 17:03
2015年 08月 18日

詩人・奥成達のはじまり

1954、奥成四兄弟でつくった同人誌「よにん」創刊号に、「奥成達夫」。
P2 達夫の由来
それは、つまりぼくの本名が達(ルビ:サトル)なのに、大ていの人はタツと読むのです。この達を使って兄が読者の一人の童話の主人公を達夫としたのです。一人の読者はもちろんぼくです。そして達より皆の読める達夫をペンネームとしたのです。(TATSU)
...この号は、あと二月ばかりで小学校を押し出されるはずの達を中心に編んだ。彼のものには、松原元信さんの影響というよりもモホウがあちこちにあるが、松原さんをとおして知った詩の世界へのオドロキを読んで頂ければ幸いである。(EIS)

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# by 4-kama | 2015-08-18 23:15 |